「安菱信託の太田くんも、ずいぶん気にしていてな。結婚を間近に控えたお前に、とっておきのプレゼントができると言って用意してきたのが、平成27年度税制改正で導入された結婚・子育て支援資金贈与の非課税措置だったんだ。お前もあの時には有頂天だったものだから、信託銀行と契約をして結婚から出産、子育てまで、何でも使える資金をお前の口座に振り込んだ。それが、計画通りいかなくなったものだから、太田くんも慌てているんだよ。」
状況説明を端的に、よどみのない長ゼリフでできるというのが小島勇の特技でもあった。
はたで聞いていた、愛の弟、眞が坊主頭をかきむしりながらおもむろに口を開いた。
「父さんも、愛姉ちゃんの気持ちを少しは考えてみろよ。信託銀行の太田だか何だか知らないけれど、どうしてそいつに、うちの財産やら結婚やらに首を突っ込まれなけりゃいけないんだ。太田っていう人間の考えていることくらい、俺には全部わかるよ。姉ちゃんがこのまま結婚もしないで、例えば50歳になるとするだろ。信託銀行に預けた金にはぜーんぶ贈与税がかかってくるんだ。そうすりゃ提案をした手前、信託銀行の信用も丸潰れさ。だから、こういう時に備えて、見合い写真を山ほど抱えているって言うぜ。」
やや鼻にかかった声で、これだけのことを一気に言い終えた眞は、ごちそうさまと小さく言ったまま、居間から出て行ってしまった。
勇は一層気鬱になるばかりだった。眞の言うとおりだ。娘に幸せになってもらいたいという気持ちには嘘がないつもりだが、信託銀行に預けた金に、贈与税が課かってしまうのはどうにも我慢がならなかったのだ。
かりにそのようになったとして、許せないのは信託銀行の太田くんではなく、人の心をどのようにでもコントロールできると考えている「お上」であり、それに手もなく操られてしまった自分自身の不甲斐なさだった。
(続く)